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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5129号 判決

原告 田中長一郎

右訴訟代理人弁護士 今井甚之蒸

同 平山直八

被告 小田昇

右訴訟代理人弁護士 正岡義明

被告 高野作市

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 小林幹治

主文

一  被告高野作市は原告に対し金四四、六六四円を支払え。

二  原告の被告高野作市に対するその余の請求及び被告小田昇、同タカノ電気株式会社、同高野栄輔、同高野敏彦に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は全て原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告小田昇は、原告に対し、別紙第二物件目録(一)記載の建物(以下本件建物という)を収去して第一物件目録記載の土地(以下本件土地という)を明渡し、且つ、昭和四四年一一月二四日より明渡ずみまで一ヶ月金二、三八〇円の割合による金員を支払え。

2  被告高野作市は、本件建物から退去し、且つ、原告に対し、金四四、六六四円を支払え。

3  被告タカノ電気株式会社は、本件建物から退去せよ。

4  被告高野栄輔、同高野敏彦は別紙第二物件目録(二)の建物から各退去せよ。

5  訴訟費用は、被告らの負担とする。

6  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は、本件土地を所有している。

(二)1  原告は、昭和二一年一一月一日、被告高野作市に対し、本件土地を左の約定で貸渡し、同被告は、これを借受けて、右土地の上に本件建物を建築、所有し、居住している。

(イ) 賃貸借契約の目的 普通建物所有

(ロ) 期間 二〇年

(ハ) 賃料 右契約の当初においては一月当り金六八円、その後改定され昭和四三年五月頃においては一月当り金二、三八〇円、各月末日払い

(ニ) 賃借権の譲渡、転貸 原告の承諾を要する。

2  被告高野作市は、昭和四三年五月一日以降昭和四四年一一月二三日までの賃料を支払わない。

(三)1  被告高野作市は、昭和四四年一一月一八日本件建物を被告小田に売渡し、同月二四日右小田に本件建物の所有権移転登記を経由した。

2  原告は、被告高野作市に対し、本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示は、昭和四五年四月一三日右作市に到達した。

(四)  仮に、右売買の事実がないとしても

1 被告高野作市は、訴外内田安男に対する金四〇〇万円の借入金債務を担保するため、昭和四四年一一月頃、右内田に対し本件建物を譲渡した。

2 右内田は、訴外丸菱株式会社の被告小田に対する金一、〇〇〇万円の借入金債務を担保するため、同月一八日頃右小田に対し、昭和四五年一月末日までは買戻しをなしうる旨の特約をなして本件建物を譲渡し、被告高野作市から右小田に本件建物の所有権移転登記を経由した。

3 訴外内田が右買戻期間内に本件建物を買戻すことなく右期間が経過したので、本件建物の所有権は確定的に被告小田に移転した。

(五)1  仮りに、本件土地の賃借権無断譲渡を理由とする解除の主張が認められないとしても、被告高野作市は昭和四四年一一月二一日頃同人宅において、訴外内田安男らと共謀して原告の署名及び印影を偽造し、本件土地賃貸借契約の条件と異なる内容虚偽の「賃貸借契約書」(甲第一一号証)なる書面を偽造し、また被告高野作市はその頃同人宅において、原告の署名及び印影を偽造して本件土地上の本件建物を被告高野作市が担保に差入れることを原告が承諾する旨の書面(甲第一二号証)を偽造し、これらを訴外内田を通じて被告小田に交付して取引の用に供した。

2  右は賃借人として重大な背信行為であるので、本件の昭和四八年七月三〇日口頭弁論期日において本件土地賃貸借契約を解除する意思表示をなした。

(六)1  被告小田は昭和四四年一一月二四日以降本件建物の所有権移転登記を有し、もってその敷地である本件土地を権原なく占有している。

2  本件土地の賃料は、一ヶ月当り金二、三八〇円が相当である。

(七)  被告高野作市、被告タカノ電気株式会社は本件建物を共同占有し、同高野栄輔、同高野敏彦は、本件建物の内二階部分を前記被告らと共同占有している。

(八)  よって、原告は、被告小田昇に対しては、本件建物を収去して本件土地の明渡しと、昭和四四年一一月二四日以降明渡ずみまで一ヶ月金二、三八〇円の割合による損害賠償金の支払を、被告高野作市に対しては、本件建物からの退去と本件土地の昭和四三年五月一日から昭和四四年一一月二三日までの未払賃料金四四、六六四円の支払を、被告タカノ電気株式会社に対しては、本件建物からの退去を同高野栄輔、同高野敏彦に対しては、本件建物の二階部分からの退去を、各求める。

二  請求原因に対する認否

被告小田につき

(一)  請求原因(一)不知。

(二)  同(二)不知。

(三)  同(三)1被告小田に建物所有権移転登記を経由したことは認め、その余は否認する。

同(三)2不知。

(四)  同(四)認める。

(五)  同(五)は争う。

(六)  同(六)1否認する(登記の事実を認めること前掲の如し。)。

同(六)2否認する。

(七)  同(七)不知。

被告高野作市、同タカノ電気株式会社、同高野栄輔、同高野敏彦につき

(一)  請求原因(一)認める。

(二)  同(二)本件土地賃貸借契約に期間の定めのあったことは否認し、その余は認める。

(三)  同(三)1被告小田に建物所有権移転登記を経由したことは認め、その余は否認する。

同(三)2認める。

(四)  同(四)1認める。但し、訴外内田からの借入金債務については、期限の定めはない。

同(四)2不知(登記の事実を認めること前掲の如し)。

同(四)3否認する。

被告高野作市は昭和四四年一一月二二日訴外内田安男より金四〇〇万円を利息月四分、返済期の定めなしの約定で借受ける契約をなし、本件建物を譲渡担保として提供したのであるが、訴外内田は右貸付金の内一〇〇万円を被告高野作市に交付したのみで残余を交付しないのみならず、訴外内田の被告小田に対する債務の担保として本件建物を提供し所有権移転登記をなした。その後被告高野作市と同小田との間に昭和四七年九月三〇日に協議が成立し所有権を被告高野作市に回復し、その登記手続も完了した。

以上の経緯により、被告高野作市は本件土地の賃借権を譲渡・転貸した場合に当らず、原告の解除は許されない。

(五)  同(五)1被告高野作市が原告主張の書面を偽造したことは認める。しかし、甲第一一号証の内容については現実に存在している賃貸借関係(坪数などが多少の相違はあるとしても)が記載されており、甲第一二号証も譲渡担保に供することを承諾する内容であって、建物を譲渡担保に供することがその敷地についての無断譲渡に当らない以上、実質的に原告の権利を侵害するものではない。

同(五)2争う。

(六)  同(六)不知。

(七)  同(七)建物を占有していることは認め、その余は否認する。被告タカノ電気株式会社、同高野栄輔、同高野敏彦らは、被告作市から本件建物を賃借しているものである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因(一)の事実は原告と被告小田を除くその余の被告ら間には争いがなく、≪証拠省略≫によりこれを認める。

二  請求原因(二)1の事実のうち賃貸借の期間の点を除くその余は、原告と被告小田を除くその余の被告ら間に争いがなく、≪証拠省略≫によりこれを認める。同(二)2の事実は、原告、被告高野作市間には争いがない。

三  請求原因(三)1の事実のうち、被告高野作市より被告小田に対し昭和四四年一一月二四日に売買を原因として本件建物の所有権移転登記を経由した点は当事者間に争いがない。しかし、同月一八日被告高野作市が同小田に本件建物を売渡した点は、右の登記を経由した事実から、直ちにこれを推認することはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

同(三)2の事実は、原告と被告高野作市間に争いがなく、≪証拠省略≫によって、これを認める。

四(一)  請求原因(四)1の事実については、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、昭和四四年一一月頃高野作市は訴外内田との間に金四百万円の金銭消費貸借契約をなし、前後二回にわたって各金五〇万円宛計金一〇〇万円の金員を借受けたこと、利息は一月につき四分とすること、右借入金債務を担保するために、高野作市所有の本件建物を右内田に無償で譲渡したこと、高野作市が利息の支払を遅滞しない限りは借入金債務を右内田に弁済して右建物の所有権の返還をうけうる旨の約定をなしたこと、右借入金債務の弁済期限については、何ら取決めがなされなかったこと、右内田は本件建物の引渡を受けて居住したことはないこと、右内田には被告小田を「うちの運転手」であると高野作市に紹介し、登記名義は、「税金の関係でうちの運転手名義にしておく」ように言われ、本件建物の所有権移転登記を右小田に経由したこと以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  請求原因(四)2、3の各事実について判断する。≪証拠省略≫を総合すると、訴外丸菱株式会社は昭和四四年一一月一五日頃被告小田から金一、〇〇〇万円を借受けたこと、訴外内田は、右借入金債務を担保するために同月一八日頃、右小田に対し、本件建物を無償で譲渡したこと、小田は本件建物及び本件土地の引渡を受けて使用したことはなかったこと、昭和四五年一月末日までは、訴外内田において右借入金債務のうち金三五〇万円または金九〇〇万円を訴外丸菱株式会社に代って小田に弁済し右建物の所有権の返還をうけうる旨の約定をなしたこと(右の弁済額を金三五〇万円とするかまたは金九〇〇万円とするかは右丸菱と小田との間に別途締結された契約により丸菱が負担した債務の履行の有無にかかっていた)、右の期限は、一方において前記貸金債権の弁済期限を定めたものであったこと、前示の通り被告高野作市から小田に本件建物の所有権移転登記が経由されたこと、右貸付金債権は弁済されることなく、また、内田が訴外丸菱に代って右貸付金債権のうち金三五〇万円または金九〇〇万円を小田に弁済することもなく右期限が経過したこと以上の各事実が認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

(三)  ≪証拠省略≫によれば、被告高野作市は訴外内田に対し現実に貸与を受けた金一〇〇万円とこれに対する約定の利息金を返還し本件建物についての所有権移転登記の抹消を求めようと努めたが、内田の所在が不明であったので、昭和四七年九月三〇日被告小田との間において概略次のとおりの和解契約が成立した。即ち、高野は小田に対し和解金として金三五〇万円並びにこれに対する昭和四七年一月一日より年一割五分の割合による利息金を六回に分割して支払う(右支払金のうち金二五〇万円を一回の遅怠なく支払ったときはその余の金五〇万円並びに利息金の支払を免除する。)。小田は本和解契約成立後遅滞なく本件建物の所有権を高野に返還し、高野のため移転登記手続をするものとし、高野は右登記手続と同時に本件建物について抵当権の設定をするという趣旨であった。右契約に基づき高野は昭和四八年九月三〇日までの割賦金の支払を了し、昭和四八年一一月七日小田より所有権移転登記を受けた。以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

五  そこで、右一ないし四で認定した事実関係に基づき、被告高野作市が本件土地の借地権を譲渡したことに基づく賃貸借契約の解除の成否につき判断する。

本件建物は、被告高野作市の訴外内田に対する借入金債務を担保する目的をもって、右高野から右内田に無償で譲渡され(以下第一担保という)、次いで、訴外丸菱の被告小田に対する借入金債務を担保する目的をもって、右内田から右小田に無償で譲渡された(以下第二担保という)ものであって、いづれの借入金債務も右建物の無償譲渡によって消滅することなく存続し、弁済期(但し、第一担保にあっては期限の定はない)に債務(第二担保にあっては約定による債務の一部)を弁済するときは、右建物の所有権は、当該債務者に移転される合意がなされていたのであって、右はいづれもいわゆる譲渡担保にあたり、第二担保の買戻期間満了時以前においては被告高野作市において内田に対する借入金債務を完済のうえ、内田に、小田に対する債務を完済させることによって、或いは、高野において直接内田の小田に対する債務を代位弁済することによって、本件建物の所有権を回復できる地位にあったこと、内田の所在不明により同人の小田に対する債務の買戻期間内に解決することができなかったが、昭和四七年九月三〇日に被告高野作市と小田との間の和解により本件建物の所有権が被告高野作市に復帰していること、および被告高野作市は本件建物を譲渡担保に供した後も引き続きその使用を許されていたもので、その敷地である本件土地の使用状況には変化がなかったこと等の諸事情を総合すれば、被告高野は本件建物に譲渡担保を設定したことによって敷地たる本件土地の賃借権を無断譲渡又は転貸をしたというべきであるが、これをもっていまだ賃貸借契約を解除しうる程度の背信性を認めることができず、昭和四五年四月一三日に原告のなした賃貸借契約解除の意思表示の効力を否定するのが、信義則上相当であると解する。

なお、本件建物につき原告の申請により昭和四五年四月二五日の東京地方裁判所の仮処分により譲渡その他の処分が禁止されていることは≪証拠省略≫により明らかであるが、昭和四八年一一月七日に被告高野作市が所有権移転登記を得たことは、前認定のとおり取得原因は新しい売買というよりはむしろ実質的には小田に対する内田の債務を代位して弁済し所有権の回復を得たものと目すべきであり、上記の仮処分があることをもって、被告高野作市の賃借権の譲渡又は転貸に契約を解除すべき背信性がないとする結論を左右するものとは云えないと解する。

六  請求原因(五)について判断する。

≪証拠省略≫によれば、昭和四四年一一月頃被告高野作市が訴外内田から金四〇〇万円を借り受け、本件建物を譲渡担保に供した際、内田から要請され、被告高野宅において同人の面前で内田が連れて来た人が原告の氏名を冒署し、その名下に高野宅にあった有合わせの印顆を高野より借りうけ押捺して、原告の署名押印を偽造した「賃貸契約書」、「高野が本件建物を担保に借入れをするにつき地主が承諾する旨の書面」を作成し、内田に交付したことが認められる。

しかして、土地の賃貸借関係において信頼関係の存続が必要であり、右認定のように、賃借人が賃貸人作成の書面を偽造せしめたことは信頼関係を裏切ることではあるが、これをもって直ちに賃貸借契約解除をなし得る程度の重大な背信的事実とは認め難い。

七  よって原告の本訴請求のうち被告高野作市に対する昭和四三年五月一日以降昭和四四年一一月二三日までの延滞賃料金四四、六六四円の支払を求める部分は正当として認容し、同被告に対するその余の請求及び被告小田昇、同タカノ電気株式会社、同高野栄輔、同高野敏彦に対する請求はその余の判断をなすまでもなく失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井真治)

〈以下省略〉

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